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 【2006年6月】
 ●ナイロビの蜂
 ●ジャケット
 ●さよなら、僕らの夏
 ●明日の記憶
 ●花よりもなほ
 ●バルトの楽園

●ナイロビの蜂 ★★★
 (2005・英/独・2時間08分)

 監督:フェルナンド・メイレレス
 出演:レイフ・ファインズ
    レイチェル・ワイズ
 


 ブラジル出身のフェルナンド・メイレレスは『シティ・オブ・ゴッド』で大注目され、これで晴れてメジャーに進出。
 原作は「寒い国から帰ってきたスパイ」のジョン・ル・カレで、彼の映画化は「パナマの仕立屋」が原作の『テイラー・オブ・パナマ』(2001)以来だろうか。
 ただ、本作はル・カレ得意のスパイものではないので、大国の陰謀を暴くといったスケール感はないが、それでも、大手の製薬会社とイギリス外務省の高官とが癒着し、貧しいアフリカ人を利用して新薬の人体実験をしている、という事実を糾弾して、充分に見応えの有る内容だ。
 近年、薬害エイズのミドリ十字に限らず、製薬会社の巨悪が事件を起こしているのは世界的な傾向で、メイレレスがこれのオファーを引き受けたのも、大国=とりわけアメリカの製薬業界が第3世界を食い物にしていることを指弾してやりたいと思ったからだそうな。
 本作で2005年度のアカデミー助演女優賞を受賞したレイチェル・ワイズが、その名に恥じぬ好演で、情報を得るためには情事も辞さないというような、かなりエキセントリックなところもある、いかにも自立した情熱的な女の役柄を、活き活きと見せている。
 この役には実在した慈善事業家のモデルがいて、'99年に60歳で亡くなった時は国際難民救済協会の代表だったそうで、ル・カレはこの原作を彼女に捧げてもいる。
 だから、本来主役であるレイフ・ファインズ演ずるところの英国外務省一等書記官ジャスティンという役が、ちょっと影薄くなってしまい、これはむしろレイチェル・ワイズ演じるその妻テッサのほうを主役にして、ストレートに追いかける手法が良かったのでは、という意見も出て来るのだが…。

●ジャケット ★★半
 (2004・米独・1時間43分)

 監督:ジョン・メイブリー
 出演:エイドリアン・ブロディ
    キーラ・ナイトレイ
 


 ジョン・メイブリーはデレク・ジャーマンの弟子として知られ、『愛の悪魔/フランシス・ベイコンの歪んだ肖像』で注目された人で、これはちょっと刺激的なSFサスペンス。
 1992年、湾岸戦争で負傷して記憶を失ったジャックは、故郷に戻り、そこで事件に巻き込まれて精神病院に入れられ、なにやら怪しげな医師から矯正治療を受けるのだが、その為にジャックの意識は時空を超え、15年も未来の2007年の別の場所へ飛んでしまう。彼はそこで出会った女性ジャッキーに心惹かれるが、彼女の協力で自分の過去を調べていくと、ジャックは1993年に死亡したことになっていた…。
 こうして文字に書くと、ひどく陳腐に聞こえそうなストーリーだが、その辺の飛躍がなかなか異色で面白い。
 タイトルの『ジャケット』は精神病院なんかでよく着せられる拘束衣のことで、主人公がジャック、彼を助ける女がジャッキーと、役名にもこだわりが見える。
 ブロディは、『キング・コング』の2枚目役より、こういう運の悪い男のほうがずっと似合っている(笑)。

●さよなら、僕らの夏 ★★半
 (2004・米・1時間30分)

 監督・脚本:ヤコブ・アーロン・エステス
 出演:ローリー・カルキン
    ライアン・ケリー 


 子供たちの夏休みものというのは、洋の東西を問わず、青春映画の王道だ。
 実際、子供と夏とは相性が良くて、映画でも小説でも名作が多く、村田喜代子の芥川賞作「鍋の中」など、すぐに思い出す。(ただし、あれを映画化した黒澤明の『八月のラプソディ』はイマイチだったが…)
 で、これは新進監督J・A・エステスの長編デビュー作で、6人の子供たちがボートで川下りをして行く過程に起きる事件や試練、そして悲劇を、情感豊かに描いてなかなかに瑞々しい。
 カルキン兄弟の末っ子=ローリー・カルキンを始めとした子役たちは、それぞれに好演。
 ただ、悠然とした川の流れと周囲の豊かな緑の発色がもうひとつ鮮やかでなく、せめて『ブロークバック・マウンテン』並みの自然描写があれば、更に感銘は増していただろうが…。

●明日の記憶 ★★★
 (2005・東映 他・2時間02分)

 監督:堤幸彦
 出演:渡辺謙
    樋口可南子
 


 原作は第18回山本周五郎賞を受賞した荻原浩の長編小説で、それを読んで惚れ込んだ謙さんが、主演ばかりでなく製作総指揮までも買って出て映画化しただけあって、なかなかに見応えある佳作に仕上がっている。
 広告代理店という一見華やかな職場では、時間に追われて綱渡りするような、かなり緊張感を強いられる面が多くあり、そこで突然もの忘れに襲われるということがいかに命取りになるか、想像しただけでぞっとする人も多いだろう。
 若年性アルツハイマー病の患者数は、正確には判らないらしいが、これで、いわゆる「認知症」(旧称:痴呆症)が老人だけの病気でないという啓蒙効果もかなりありそうだ。
 映画としては、正直、規視感の強いよくありがちなシーンも多くて、普通なら辟易とするところだが、重厚な題材への取り組みが真摯なせいだろう、かなりの共感をもって観続けること
が出来た。
 『トリック』や『ケイゾク』と娯楽路線中心できた堤幸彦が、意外にしっかりとした人物像を構築して、基礎の出来ているところを見せる。

●花よりもなほ ★★★
 (2005・松竹 他・2時間07分)

 原案・脚本・監督:是枝裕和
 出演:岡田准一
    宮沢りえ
 


 『ディスタンス』や『誰も知らない』のカンヌ出品で国際的に評価を上げてきた是枝裕和が、初めて時代劇に手を広げた。
 それも、まばたきが惜しいほどシリアスだった今までのに較べ、今度は余裕たっぷり、何ともユーモラスに楽しませてくれ、早くも一種の成熟さえ感じさせる。
 父親の仇討ちのために江戸へ出て来て、貧乏長屋に身を潜ませる若侍が、実は剣術のほうがさっぱり駄目、という設定がまずユニーク。
 あとは、彼を囲む長屋の住人たちの群像が活き活きとして面白く、他の人物設定も定石をちょっと外してずらしたり、なかなか一筋縄では行かない。
 江戸の長屋の作りが、規模は小さいのだけれどえらくゴミゴミとしてリアルで、衣裳や顔の汚し方もちょっとやり過ぎというくらいに徹底していて、ほんとに江戸の最下層の庶民はこん
なんだったのかな、と思わせる。
 宣伝コピーで、前作『誰も知らない』にひっかけて「誰も死なない」ってやってるのがオカしい(笑)。

●『バルトの楽園』★★半
 (2006・東映 他・2時間14分)

 監督:出目昌伸
 出演:松平健
   ブルーノ・ガンツ
   高島礼子


 タイトルを[らくえん]でなく[がくえん]と読ませるのは、音楽の[がく]だからで、これはベートーヴェン“第9”の本邦初演にまつわる歴史的エピソードの映画化であり、クラシック・ファンには待望の作品である。
 実際、ベートーヴェンの“第9”についての解説で、ちょっと詳しいものになると、日本初演は第一次世界大戦中、徳島県鳴門市の板東俘虜収容所において、ドイツ人捕虜達によって行なわれた、と記載してあるのが常だ。
 1914年、日本はドイツ軍の極東基地である中国の青島を攻撃。降伏したドイツ兵4700人は捕虜として日本へ送られ、各地の俘虜収容所に振り分けられる。劣悪な久留米収容所で2年間を過ごしたドイツ人捕虜たちは、1917年、収容所の統合により板東俘虜収容所に移送される。再び地獄の日々を覚悟していた彼らだったが、意外にも同収容所を監督する松江豊寿所長は、「捕虜たちには人間的な生活が保障されなければならない」という考えで、彼らに対して寛容な待遇で接し、それに感謝した捕虜たちが、御礼に“第9”を演奏しようと企画する。
 題名の「バルト」は髭のことで、松平健演じる松江所長が、見事なカイゼル髭を生やしているところから来ている。
 クライマックスは、勿論“第9”の演奏会だが、ただ、捕虜たちは全員男だから、合唱も独唱も男声の4部に編曲して歌っているので、特に4人の独唱者が男ばかり並んでいる図はちょっと可笑しく、微笑ましい雰囲気になる(笑)。
 当然、音源もこの映画のために新しく録音されたものを使っており、だから、予告やTVコマーシャルやチラシなどでカラヤン指揮/ベルリン・フィルの演奏を使用、とうたっているのは疑問で、カラヤンが男声ばかりの“第9”を録音しているわけが無く、実際、カラヤンの演奏はエンド・ロールにかぶせて流れるだけなので、こういう宣伝は誤解を招く。
 出目昌伸がメガフォンを取るのは、たぶん『霧の子午線』(1996)以来だろうから、実に10年ぶりになるが、専ら解り易くオーソドックスに撮ることに専念している体で、特に出目らしさといったものは感じられないのが、ちょっと残念。








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